幽霊
昼すぎのサイゼリヤのなかは、がらんどう。
柱と、照明と、椅子と、テーブルだけが体育座りしていて。そのうえにすわる人々は、ちょっと、地面から浮いてるみたいだった。
こうして、世界はおわっていくのです。フォークをガシャンと束ねるおと。にぶい霧みたいな話し声。そんなもののなかを、ぐんにゃりと渉猟しているあいだに、世界は、おわっていくのです。
草葉のかげでおじいちゃんがないてる、って、昔言われた。そんなわけなくて、たぶん、みんなけっこう暇して、ショッピングモールとかにいる。わたしはサイゼリヤに、いる。席に、すわってる。ジャマしてごめん。
美化しないでね。わたしがしんだこと。ここで飲み食いする人たちをみてても別に面白くもなんともないのに、なぜか来てしまうのは、それが、美化なんてしえないからかもしれなかった。
四捨五入して、ああうつくしい思い出だったね、なんて、ぶつ切りにされるわけのない午後。どうでもよくて、つまらなくて、退屈で、あたりまえのように、均質に、つづく。にゅーって、つづく。それが、うれしい。
永遠だから。わたしがしんだこと、一過性のことに、しないでね。かなしい過去に、悲劇のできごとに、祈りの象徴に、しないでね。永遠だから。いる、から。ここにいるから。あなたのつまんないつまんない繰り返しとともに、わたしは、いるから。
植物の芽がのびたこと、喜んでいる人がいて、ばかだ。多くのあまりに多くのいのちが、日々萌えては止まり、しに、はげしく伸び縮みしながら、まったくの退屈にあるんだってこと、しらないんだ。
くるまが通ったからって、ご飯を食べたからって、鳥が落ちたからって、なにも起きてないよ。わたしがしんだって、なにも起きてない。だから、もう、悲しむのはやめて。お願いだから。
サイゼリヤの店内を眺めながら、わたしは一千兆年の退屈のなかにある。ずっとそうだったこと、しんでから気づくなんて、ばかだね。