TEXT

TEXT


01

幽霊

昼すぎのサイゼリヤのなかは、がらんどう。
柱と、照明と、椅子と、テーブルだけが体育座りしていて。そのうえにすわる人々は、ちょっと、地面から浮いてるみたいだった。

こうして、世界はおわっていくのです。フォークをガシャンと束ねるおと。にぶい霧みたいな話し声。そんなもののなかを、ぐんにゃりと渉猟しているあいだに、世界は、おわっていくのです。

草葉のかげでおじいちゃんがないてる、って、昔言われた。そんなわけなくて、たぶん、みんなけっこう暇して、ショッピングモールとかにいる。わたしはサイゼリヤに、いる。席に、すわってる。ジャマしてごめん。

美化しないでね。わたしがしんだこと。ここで飲み食いする人たちをみてても別に面白くもなんともないのに、なぜか来てしまうのは、それが、美化なんてしえないからかもしれなかった。

四捨五入して、ああうつくしい思い出だったね、なんて、ぶつ切りにされるわけのない午後。どうでもよくて、つまらなくて、退屈で、あたりまえのように、均質に、つづく。にゅーって、つづく。それが、うれしい。

永遠だから。わたしがしんだこと、一過性のことに、しないでね。かなしい過去に、悲劇のできごとに、祈りの象徴に、しないでね。永遠だから。いる、から。ここにいるから。あなたのつまんないつまんない繰り返しとともに、わたしは、いるから。

植物の芽がのびたこと、喜んでいる人がいて、ばかだ。多くのあまりに多くのいのちが、日々萌えては止まり、しに、はげしく伸び縮みしながら、まったくの退屈にあるんだってこと、しらないんだ。

くるまが通ったからって、ご飯を食べたからって、鳥が落ちたからって、なにも起きてないよ。わたしがしんだって、なにも起きてない。だから、もう、悲しむのはやめて。お願いだから。

サイゼリヤの店内を眺めながら、わたしは一千兆年の退屈のなかにある。ずっとそうだったこと、しんでから気づくなんて、ばかだね。

震災で没したこの幽霊が語っている考えを理解するのは難しい。いったい彼女は何を否定して何を肯定しているのだろうか。

最近、もしかしたらこの文章は、一種の動的平衡のようなことを語っているのではないかと思えてきた。海の波はつねにダイナミックに活動している。そして、それでいながら海それ自体はまったく変わらずそこにあり続けている。個々の運動を見ると生成変化しながらも、総体としてはなんにも変わらない。そういう話をしているのではないか。

世界では日々、人や動物や様々なものが活動し、生成消滅し、成長に見えるものや生死に見えるものが絶え間なく起こっている。しかし、それを「総体」として眺めたとき、すべてはまったく変わらずそこにある。彼女はどうもそういう話と考えるとうまく理解できそうだ。たとえば以下の文はかなり直接にそう語っているように見える。

「植物の芽がのびたこと、喜んでいる人がいて、ばかだ。多くのあまりに多くのいのちが、日々萌えては止まり、しに、はげしく伸び縮みしながら、まったくの退屈にあるんだってこと、しらないんだ。 」

彼女からすれば、自分が死んだことも単なる世界の退屈な停滞の一つに過ぎないのだ。それゆえ、彼女は死んだことを「一回性のことにしないでね」と語り、「なにも起きてないよ」とまで言う。自分の死を美化されることは、それが特別な一回きりの出来事として扱われることだ。彼女からすれば、それが我慢ならないのだろう。

それでは、そんな彼女はなぜサイゼリヤにいるのか?この思想を追うと見えてくる。サイゼリヤの様子は、生きている人が「ちょっと浮いているみたいだった」と描写され、「美化なんてしえない」「ぶつ切りにされない」ものだと述べられる。音が言及されるように、ダランとした雰囲気をまとった昼すぎのサイゼリヤには、この「物事が起こりながらも、まるで何も起きていないような永遠性」が感じられたのだろう。

彼女の語る動的平衡を体現した昼すぎのサイゼリヤをぼんやりと眺めながら、最後、彼女は自嘲気味に自分はばかだと語る。こうして、平衡をたもつ世界に気づかない人々と自分の境界すら否定され、退屈な統一性がやってくるのだ。

02

ミスターシービー

川が呼んでいるのに、アタシは、重い。ここはどこ?なんでアタシの身体は、こんな肉に取り憑かれてるの?風になりたかった。なれたーって、錯覚できるのは、走ってるときだけ。ほかは、ずっと、重い。まあいいけどさ。諦めてるよ。わかってる。

捕まえられるもんなら、捕まえてみなよ。そしたら、アタシたち、二人とも、風になれるかも。海辺を走ってたって、海は変わらずそこにあるだけで。山道を走ったって、アタシは森にはなれない。わかってる。わかってるけど、もどかしい。いらただしい。それ以上は、わかんない。

アタシさ。子供のころ、家族で川に遊びに行って。夢中で石を拾ってたのね。つやつや光る石がずらーっと並んだ河原は、まるで宝石が降り積もってるみたいに見えて。そんなの見ちゃったら、もう、身体が勝手に動いてた。アタシだってよくわかんないけど。止められないんだ、そういうの。

いっちばんきれいな石を見つけてさ。もうまんまる。ずーっと川を転がってきたのか、ネイルみたいにツヤツヤしてて。わーっ!と思って、振り返った。そしたらね、遠くで、家族や、ちょうど遊びに来てた子どもたちかな。そういう人たちが、ワイワイ楽しそうにしてるのが見えて。うん。なんだか、その光景が、すっごく印象に残ってるんだ。……遠く、見えたの。その人たちが、すごく、遠く見えた。

なんでだろうね。わかんないけど。アタシ、だから、風になりたいのかな。川も山も海も森も、アタシを呼んでくれはするけど、でも、やっぱり、一緒にはなれない。はは、当たり前だけどさ。なんでこんなに、重いんだろ。ばかなのかな、アタシ。ずっと、よく分かんないんだ。

自由なふりをしたって、そんなの、自由じゃない。わかってるつもりだったのに、わかってなかったのかな。遠くて、重い。アタシ、どこにいるんだろう。

03

明るい部屋

あーあ、わたし、いちどくらい、あの入道雲の下でね、腕をワーッと広げて、眠ってみたかったなあ。いいなあ、みんな。ずるいなあ。もう、アンパンマンのシールも、おてがみもいらないから、だめだって言われてること、ぜんぶしたいよ。

先週ね、クラスの男の子がきて。なに話したかは忘れちゃったけど、全身泥だらけで、うらやましかった。ほっぺたに傷なんかあって。わたしは、内側からくさっていくから、傷一つない。ねえ、傷口に花が咲くってホント?ぱっくり割れた赤い傷口に根が張って、血を吸いながら割れ目を閉じてくんだって、それで花が咲くんだって、本でよんだよ。ねえ、ホント?それ

……

この部屋のシーツは3日に1回交換される。おねしょしちゃっても、よだれが垂れても、すぐにまっしろなシーツになる。シミひとつないしろい部屋で、わたし、まるで、生きてないみたい。生きてないみたいなのに、死んでるわけでもなくて、へんなの。

たまにね、ニコニコした王様みたいなひとが廊下をとおって、家来みたいなひとたちがその後ろをゾロゾロついていく。なんだか、前よんだ物語のなかみたい。じゃあ、どこかにホントのわたしがいるのかな?ほんとのおうちがあるのかな?もうこの部屋をでれないわたしには、うまく想像ができない。どこにほんとの人生があるんだろ?

あーあ、わたし、一度くらい、悪いことしてみたかったなあ。悪いこと、してみることすらできなくて、いい人みたい。きたなくなることすらできなくと、きれいでいなきゃいけないみたい。ずるいな、わたし。

だんだんくさっていく。

04

アグネスタキオン

白衣は好きだ。汚れが目に見えて分かるから。白衣はごまかさない。だから、わたしは、潔白を保っていられる。のだ。
そう書いた日記を破いて薬品の中に放り込む。蛍光色の液体にシュワシュワと溶けゆく紙。それをまじまじと眺めながら、ああ、こんなふうに消せたらいいのに、と思った。

何を?

押入れが、ある。
昔の昔の昔の昔の昔にとうに固く固く固く固く封じたはずの、押入れが、ある。あの暗い暗い暗い暗い空間から、じわりじわりと液体が染み出ていくのが、わかる。まるで水が洞窟を穿つかのように。
逃げ場がない。じわじわじわじわと擦り寄ってくるその真っ黒な液体は、もう、喉の奥まで迫って来ている。わたしは溶けきった紙が泡になってしまったのを眺める。羨ましいものだ。外界のものならこんなに簡単に消せるというのに。

椅子に三角座りをし、白衣を垂らして背を丸めるわたしのことを、ひとは天才だとか言うらしい。だったらこれは何だ。いったいこれは何なんだ。頭をかきむしったら、クラスメイトは嬌声をあげた。ふざけるな。

何かが間違っているというのか?この私が?白衣は今日も染み一つないというのに。全ては計画通りだ。立てた仮説は概ね裏付けられていて、あとはいくつかの追試を行うだけだった。この通り、何も心配することはない。全ては円滑にスムーズに滞りなく進んでいる。

ポタ、ポタ、
口から黒い液体が溢れている。それに気づかなかったのは、おそらく三徹して実験に取り組んでいたからで、要するにこれは私の努力の代償なのだから何も問題はない。何も問題はない。すべては滞りなく進んでいる。いくつかの実験は手法に改善の必要が生じたが何も問題はない。
ポタ、ポタ、
黒い液体は脳に染み込んでいる。しかし何も問題はない。何も問題はなく、何も問題はない。何か問題があるだろうか?いや何も問題はない。
ポタ、
黒い液体は眼球を浸して目の前を真っ暗にしたが、何も問題はない。何も問題はない。何も問題はない。何も問題はない。

05

OMORI

くらい洞穴には、暖かい水たまりがあった。それが血なんだって気づくまでは、そこで一日中ぬくぬくと安らいでいたものでした。眠りにつくまどろみの中、きらきらした星が空に浮かんでいるような気がして、それで、私は、すべて救われたんだと思ったのです。

何度も現れる、イメージが、あります。
何度も何度も何度も何度も、忘れないように、忘れないように、壊れた機械のように反復される想念がある。「それ」にまた出会ったことを、知らないふりをするために、私は目を閉じ眠りにつくのだった。

👁

罪はいつになったら消えますか。心の中に時効なんてない。裁かれなかった罪は、内側に滑り込んで、私の地獄をつくるよ。いいかい、夜寝て朝目覚めて、また夜に寝る。そのすべてが罰になるということだ。耐えられるわけがない、から、わたしは再び眠りにつく。

(何かが起きるのを待っているの?)

死んだ人ばかり美しくなるから、ずるい。私が殺したから、あなたはどんどん美しくなっていって、もう、はちきれそうだった。あなたにもあったはずの、幼稚さや、愚かさや、ずるさは、私の罪で贖われてしまって、いまはただひたすらに美しい。それが、痛い。

飛んだらすべてが晴れやかになって、最後の瞬間に、わずかな、しかし決定的な後悔をするはずだ。バケモノだと思ってた友達が、ただの清潔な白い包帯だったということ。あなたのどす黒い血が、多少なりとも落ちてからじゃないと、気づけなかった。そのはずだ。

OYASUMI,OYASUMI
あなたは再び目を開くために眠る
いちど死なないと生きることさえままならない そんなときだってあるから
OYASUMI,OYASUMI
難しいことだって、知ってる
それでも、あなたの中に、あの洞窟があるのだと あなたを暖かく包む洞窟があるのだと
覚えていてほしい