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河原

川が呼んでるのに、アタシは、重い。ここはどこ?なんでアタシの身体は、こんな肉に取り憑かれてるの?

風になりたかった。なれたーって錯覚できるのは、走ってるときだけ。ほかは、ずっと、重い。まあいいけどさ。諦めてるよ。わかってる。

捕まえられるもんなら、捕まえてみなよ。そしたら、アタシたち、二人とも風になれるかも。浜辺を走ってたって、海は変わらずそこにあるだけで。山道を走ったって、アタシは森にはなれない。わかってる。わかってるけど、もどかしい。いらただしい。むかつく。それ以上は、わかんない。

アタシさ。子供のころ、家族で川に遊びに行って。夢中で石を拾ってたのね。つやつや光る石がずらーっと並んだ河原は、まるで宝石が降り積もってるみたいで。そんなの見ちゃったら、もう、身体が勝手に動いてた。アタシだってよくわかんないけど。止められないんだ、そういうの。

いっちばんきれいな石を見つけてさ。もうまんまる。ずーっと川を転がってきたのか、ネイルみたいにツヤツヤしてて。わーっ!と思って、振り返った。

そしたらね、遠くで、家族や、ちょうど遊びに来てた子どもたちかな。そういう人たちがワイワイ、楽しそうにしてるのが見えて。うん。なんだか、その光景が、すっごく印象に残ってるんだ。遠く、見えたの。その人たちが、すごく、遠く見えた。

なんでだろうね。わかんないけど。アタシ、だから、風になりたいのかな。川も山も森も海も、アタシを呼んでくれはするけど、でもやっぱり、一緒にはなれない。はは、当たり前だけどさ。なんでこんなに、重いんだろ。ばかなのかな、アタシ。ずっと、よく分かんないんだ。

自由なふりしたって、そんなの、自由じゃない。わかってるつもりだったのに、わかってなかったのかな。遠くて、重い。誰のせいでもないはずなんだけど。アタシ、どこにいるんだろう。

サイゼリヤの幽霊

昼すぎのサイゼリヤのなかは、がらんどう。
柱と、照明と、椅子と、テーブルだけが体育座りしていて。そのうえにすわる人々は、ちょっと、地面から浮いてるみたいだった。

こうして、世界はおわっていくのです。フォークをガシャンと束ねるおと。にぶい霧みたいな話し声。そんなもののなかを、ぐんにゃりと渉猟しているあいだに、世界は、おわっていくのです。

草葉のかげでおじいちゃんがないてる、って、昔言われた。そんなわけなくて、たぶん、みんなけっこう暇して、ショッピングモールとかにいる。わたしはサイゼリヤに、いる。席に、すわってる。ジャマしてごめん。

美化しないでね。わたしがしんだこと。ここで飲み食いする人たちをみてても別に面白くもなんともないのに、なぜか来てしまうのは、それが、美化なんてしえないからかもしれなかった。

四捨五入して、ああうつくしい思い出だったね、なんて、ぶつ切りにされるわけのない午後。どうでもよくて、つまらなくて、退屈で、あたりまえのように、均質に、つづく。にゅーって、つづく。それが、うれしい。

永遠だから。わたしがしんだこと、一過性のことに、しないでね。かなしい過去に、悲劇のできごとに、祈りの象徴に、しないでね。永遠だから。いる、から。ここにいるから。あなたのつまんないつまんない繰り返しとともに、わたしは、いるから。

植物の芽がのびたこと、喜んでいる人がいて、ばかだ。多くのあまりに多くのいのちが、日々萌えては止まり、しに、はげしく伸び縮みしながら、まったくの退屈にあるんだってこと、しらないんだ。

くるまが通ったからって、ご飯を食べたからって、鳥が落ちたからって、なにも起きてないよ。わたしがしんだって、なにも起きてない。だから、もう、悲しむのはやめて。お願いだから。

サイゼリヤの店内を眺めながら、わたしは一千兆年の退屈のなかにある。ずっとそうだったこと、しんでから気づくなんて、ばかだね。

病室の詩

あーあ、わたし、いちどくらい、あの入道雲の下でね、腕をワーッと広げて、眠ってみたかったなあ。いいなあ、みんな。ずるいなあ。もう、アンパンマンのシールも、おてがみもいらないから、だめだって言われてること、ぜんぶしたいよ。

先週ね、クラスの男の子がきて。なに話したかは忘れちゃったけど、全身泥だらけで、うらやましかった。ほっぺたに傷なんかあって。わたしは、内側からくさっていくから、傷一つない。ねえ、傷口に花が咲くってホント?ぱっくり割れた赤い傷口に根が張って、血を吸いながら割れ目を閉じてくんだって、それで花が咲くんだって、本でよんだよ。ねえ、ホント?それ

……

この部屋のシーツは3日に1回交換される。おねしょしちゃっても、よだれが垂れても、すぐにまっしろなシーツになる。シミひとつないしろい部屋で、わたし、まるで、生きてないみたい。生きてないみたいなのに、死んでるわけでもなくて、へんなの。

たまにね、ニコニコした王様みたいなひとが廊下をとおって、家来みたいなひとたちがその後ろをゾロゾロついていく。なんだか、前よんだ物語のなかみたい。じゃあ、どこかにホントのわたしがいるのかな?ほんとのおうちがあるのかな?もうこの部屋をでれないわたしには、うまく想像ができない。どこにほんとの人生があるんだろ?

あーあ、わたし、一度くらい、悪いことしてみたかったなあ。悪いこと、してみることすらできなくて、いい人みたい。きたなくなることすらできなくと、きれいでいなきゃいけないみたい。ずるいな、わたし。

だんだんくさっていく。

きれいなひと

しんだら人はうつくしくなる。あまりにもうつくしくなる。時間が止まってしまって、もう、あなたにもあったはずの、醜さや、みっともなさや、卑しさ、そういうものが全部全部消え去って、いまはただ、ひたすらにうつくしい。なんてきれいになってしまったの、お姉ちゃん。

わたしが、こんなに長い時間を必要としたのは、たぶん、そのせいだ。きれいさっぱり消えてしまった、きたないあなた。わたしがかつて殺したいと願ったはずの、大切な大切なもの。それを取りもどさないと、わたしはあなたを永久に失ってしまう。それは、間違いのないことだった。

お姉ちゃん。あなたは、人間でした。苛立ち、泣き、甘え、卑怯なことだってする、ひとりの人間でした。そんなあたりまえのことが、いまはこんなに難しい。

ごめんなさい。あなたにこんなことを言わなければならないのは、きっとわたしが、あまりにあなたを美化しているから。あなたのせいで、今日もうまく眠れない。わたしは、あなたを取りもどすために、きれいなあなたを殺しに行かなければならない。ごめん。だから、これはぜんぶ、自分のため。

どこからか、ピアノの音が聞こえてくる。これは生前、あなたが好きだった曲。お姉ちゃん、あなたが大好きです。だからわたしは、壊しにいくね。愛してる。