告白する物語

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「ねえ」
「あなたは、なんでそんなに軽やかなの」
午後の校舎裏。
私は、せきたてられるように吐き出す。多分ひどい表情をしているだろう。顔をまともに見られなくて、うつむく。スカートをぎゅっと握る。彼女は、柔らかい光に後ろから照らされていて、なんて眩しいんだ、と思う。

「ふーん…」
斜め下に切れ長の目を流して、思案するような顔。敵わないな、と思う。超越、という言葉が浮かぶ。私に彼女は傷つけ得ない。縛り得ない。彼女は彼女の望むところへ行ける。軽やかに。どこまでも。ある日、彼女は当たり前のように姿を消すんだ。それが、たまらなく寂しくて、恨めしかった。

彼女が口を開く。目がこちらを向く。

「キミは…」
「自分が嫌いなの?」

予想外の言葉だった。彼女は首をかしげ、目を細めて微笑む。すべてを見透かすような笑みに射抜かれ、胃が凍る。なにか、なにか言わなければ。
「あ、いや…」
彼女の言ったことは、正鵠を得ていた。
「そうじゃなくて…」
空虚な言葉。ほんとうは、ほんとうは、わたしは、わたしに無いものを持っているあなたが、どうしようもなく羨ましかったんだ。わたしを消して、あなたで埋め直したかった。
喉が乾く。乾く。

動揺する私を面白がるように、彼女は続ける。
「アタシは、キミのこと嫌いじゃないよ」
ああ、もう、そういうことを平気で言う。敵わないなあ。敵わない。
好きだ。好きだ、と思う。
好きだけど、それを認めたら、もう逃れられない気がした。何に?喪失の不安に、嫉妬に、束縛の欲求に。私だけを見てほしい。どこにも行かないでほしい。あなたが私のいないところで輝くことに、わたしは耐えられない。わたし、わたしだけのあなたで、

しかし彼女はそうでない、ということも分かっていた。彼女に必要なのは自由であり、追究することであったし、私が好きなのも、つまりは彼女のそういうところだった。
私があなたを好きになることは、あなたを苦しめてしまう。わたしの中でのたうつ赤黒い怪物は、あなたを、そして私をも蝕んでいく。どうしようもなかった。

「キミ、」
声がした。
「もしかして気づいてないの?」
いつの間に、彼女は目の前にいる。髪の匂いが鼻をくすぐる。彼女らしい、軽やかな匂いだった。髪が陽に照らされ、明るく透ける。体が近づく。全身が熱くなる。
彼女は私の肩に手を置くと、右耳に囁いた。鼓動の音が聞こえるほど暴れている。全身の血が沸騰している。

・・・・・・・・・
「アタシはね、キミの中にいるんだ」

理解の間もなく、とん、と肩が突き放される。軽やかにステップを踏み、彼女はニコッと魅惑的な笑みを向けると、風のように消えた。
私は呆然とするしかなかった。未だに耳は熱を帯びていて、鼓動が身体に残響する。頭はショートしたように真っ白だった。

思い出したかのように涼し気な風が吹き、我に返る。彼女が、私の中に、いる、?
そうか、
私の中に、いるなら、それなら、と思った。
それなら、わたしは、捨てたもんじゃないのかもしれない。人生は、世界は。
そう思った。
わたしがないことにしてきたものはなんだっただろう。わたしが縛ってきたものはなんだっただろう。考えを巡らす。
それを、見据えられたら、わたしも?
それは、それは、悪くない人生だった。

彼女が去ったほうをぼんやりと見る。
世界は彼女のために道を空けているように思えた。風は彼女の背中を押すためにあるように思えた。彼女においては、何でも起こりうるのだ。どこへでも行けるのだ。それが、もしそれが、わたしにもあるとしたら?
わたしにも、世界に居場所があるのかもしれなかった。
わたしは、生きていけるのかもしれなかった。

ソフトクリームを食べよう、とふいに思う。それが、彼女に近づく、彼女を掘り起こす一歩目だと思えたのだ。ああ、熱気を肌で感じる。まだ春だというのに。なるべく木陰からでないように歩いていこうか。
ゲームをするように日差しをよけながら、私は軽やかに歩きだす。